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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)319号 判決

原告(選定当事者)

小泉安司

代理人

角尾隆信

外二一名

被告

ノースウエストエアラインズ・インコーポレイテッド

日本における代表者

ゴェームス・アポット

代理人

長島安治

外三名

主文

一、被告は原告に対し、金一万三八二六円および別紙(二)賃金明細表記載1ないし5、7ないし192の各選定者に対する同表未払賃金(認定額)欄記載の各金員ならびに右各金員に対する昭和四〇年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いのない事実

(一)  被告は、航空運送事業を目的とする国際的航空会社であり、日本においては東都都千代田区有楽町二丁目一三番地東京交通会館ビル内に営業所を設け、羽田空港を使用し、また渋谷にもスタッフハウス(職員宿泊所)を設けて事業を行つている。

原告および別紙(一)選定者目録記載の選定者は被告会社の従業員であり、ノースウエスト航空会社日本支社従業員労働組合の組合員である。

(二)  被告は、

(イ)  昭和三九年一二月一日午後八時、空港旅客課および整備課(ただしメカニック職員を除く)所属の選定者(別紙(二)賃金明細表記載1ないし23、38、62ないし101、116ないし116の者)に対し、

(ロ)  同月五日午前六時、倉庫、機内食、貨物の各課所属の選定者(同表記載24ないし37、39ないし61、120ないし140の者)に対し、

(ハ)  同月六日午前八時四五分、営業所(当時は千代日区有楽町日活会館ビル内)所属の選定者(同表記載114ないし176の者)に対し、

(ニ)  同日午前一〇時一〇分、スタッフハウス所属の選定者(同表記載177ないし192の者)に対し、

(ホ)  同月一六日午後四時三〇分、整備課のメカニック所属の選定者(同表記載102ないし115の者)に対し、

それぞれ無期限ロックアウトを宣言し、昭和四〇年一月六日組合と会社間において成立した協定により同月七日解除するまで右ロックアウトを継続した。

二原告は、本件ロックアウトの期間中、原告らは被告に対し、債務の本旨に従つた労務の提供をしたにもかかわらず、被告はその受領を拒否したと主張するので判断する。

〈証拠〉および本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の諸事実が認められる。

(一)  組合は、昭和三九年一〇月七日、当時組合と会社間に存在した労働協約三七条の規定にもとづき、会社に対し同年一二月一五日の有効期限をもつて右協約を廃止し、新協約締結のための団体交渉を開始したい旨を通告し、同年一一月一六日から会社との間で、昭和三九年度賃上げ(一律八〇〇〇円)、期末手当(同年冬期1.5ケ月プラス二万円昭和四〇年夏期一ケ月プラス二万円)、グレード調整などの要求事項について四回に亘つて団体交渉を続けていたが新協約にいわゆる絶対約平和義務条項を明記するか否かをめぐつて双方の議論が紛糾し、会社側において同年一二月一日頃までに組合の要求に対する具体的な回答を提示すると述べていたにもかかわらず、この約束が履行されないまま会社側の最高責任者である東洋支社長ハスキンズが旅行に出かけたことから、組合は、会社の態度に誠意が認められないとして、かねて同年一一月二八日頃の斗争委員会が予定したとおり、同年一二月一日午後五時より午後九時までの四時間の決起集会を実施することを決め、当日事前に会社に対してその旨を通告したうえ、空港内貨物課倉庫前において、一部メカニック所属の者を除く組合員全員参加のもとに右決起集会を行つた(右のうち決起集会の事実は当事者間に争いがない。)。

この集会が実際に開催された時間は午後六時頃から八時頃までの約二時間であつたが、被告会社の勤務は三交替制になつていて、原則として午前八時から午後四時までのディ・シフト、午後一〇時までのスウイング・シフト、午後一〇時から午前八時までのナイト・シフトに分れており、スウイング・シフトに当つている者については職場を離脱しなければならない関係上、有楽町日活会館ビル内の営業所あるいは渋谷のスタッフハウスに勤務する組合員が集会に参加するため空港との間を往復する時間を見込んで五時から九時までの四時間と定めたものであつた。

参加組合員は、右集会において、組合員相互の団結、連帯を強化し、あわせて会社側の態度に抗議する趣旨で全員腕章を着用して就労することを決議し、予定どおり決起集会が終了した後直ちにそれぞれの職場に復帰し、赤地に白く組合名と「団結」または「要求貫徹」などの文字を染め抜いた腕章を着用して平常の勤務につこうとした。すなわち整備課は、飛行機の点検整備および修理、作業車その他地上の施設の整備、貨物および機内食の積み降ろし、汚物処理などをその職務内容とするが、同課に所属する組合員で勤務に当つていた者は、集会終了後直ちに作業服に着替えたうえ空港ランプへ出て就労を申し入れ、また、旅客課は、空港における乗客の出発と到着に関する事務(塔乗券の発行、出入国のための必要書類や荷物の重量の検査、税関および出入国管理手続の処理、乗降客の誘導など。)の取扱をその職務の内容としていたが、同課に所属する組合員で勤務に当つていた者も集会終了後直ちに職場へ赴いて就労を申し入れた。ところが、その時会社は、既に前記(イ)のとおり右両職場についてロックアウトを宣言し、その旨を記載した掲示の紙片を張り出すとともにタイムカードを引き揚げており、就労に赴いた組合員が全員前記のような形態の腕章を着用していたところから、会社側管理職員は腕章を着用して就労しても賃金を支払わない旨を口頭で通告した。もつとも、会社側は敢えて実力をもつて組合員を排除するまでの態度には出なかつたため、組合員は職場に入つて事実上労務に従事し、たまたま仕事が忙しいときには管理職員の方でも就労している組合員に対して業務上の指示を与えたりしたこともあつたが、後記四一時間ストライキの後は職場の出入口は完全に施錠されて組合員の立入りは不可能となり、その状態は昭和四〇年一月七日にロックアウトが解除されるまで続いた。

なお、右ロックアウトが行なわれた旅客課、整備課以外の職場では、組合員は、決起集会終了後、腕章を着用してはいたけれども何ら業務妨害行為に出ることなく作業につき、その就労の過程において労働契約上要求される誠実義務ないし善良なる管理者の注意義務に違反するような所業が行なわれた事実はなかつた。

(一)  同年一二月四日の第五回団体交渉において、会社は組合の要求に対する最初の具体的回答を提示したが、その内容は、賃上げ一律一、二七五円、期末手当昭和三九年冬1.25ケ月、昭和四〇年夏0.75ケ月という組合側要求をはるかに下回るもので、組合は右回答に強い不満をいだき、同月一日か二日の斗争委員会において意思統一したところに従つて、整備課のメカニック職員を除く全組合員について同月四日午後三時から同月六日午前八時まで四一時間の時限ストライキを行うことを決定し、会社に対して直前にその旨を通告したうえこれを実施した(右のうち時限ストの事実は当事者間に争いがない。)。そして、組合は、予定どおり同月六日午前八時をもつて時限ストライキを終了し、参加組合員で勤務に当つていた者は、前同様全員腕章を着用したままではあつたけれども直ちに各自の職場に赴いて平穏に就労を申し入れた。ところが、会社は、当時既に倉庫(航空機部品の補給、旅客の必要品の管理保管などを業務内容とする。)、機内食、貨物の各課については前記のロックアウトを行つていて、それらの職場の出入口は完全に施錠されており、組合員は立入りを阻止され、就労することができず、この状態は右ロックアウトが解除されるまで継続した。

(三)  時限ストライキが終了した一二月六日は日曜日で、日活会館ビル内の営業所(航空券の発売および予約を取扱う。)は表シャッターを降ろしていたので午前中勤務の組合員四名が同日午前八時頃腕章を着用して裏口から出勤したところ、会社側は、腕章を着用したままの就労は認めないとの態度を示し、組合員がなおも組合の方針に従つて腕章着用のまま勤務につこうとすると、組合員を室外に退去させて扉に施錠するとともにロックアウトの告示を張り出し、前記(ハ)のロックアウトを開始した。そして、会社は同日以降表シャッターを開けなかつたので、翌七日出勤した組合員は全員営業所内に立入ることができず、その場にいる管理職員に就労を申し入れても拒否され、このような状態は右ロックアウトが解除されるまで続いた。

(四)  スタッフハウス(被告会社従業員の宿泊施設)においても、同所勤務の組合員は、時限ストライキの終了する一二月六日午前八時前頃スタッフハウスの門前に集合し、ストライキ終了と同時に就労を申し入れた。ところが、右組合員全員が腕章を着用していたので、会社側の責任者サイクスから腕章を取つて就労するよう、もし取らないのならば退去してほしい旨要求があり、組合員がこれに応じなかつたところ前記(二)のロックアウトを行い、組合員の就労を拒否するにいたり、この状態は右ロックアウトが解除されるまで続いた。

(五)  メカニック所属の組合員は、前記決起集会および時限ストライキには参加しなかつたものの同年一二月八日以降同月一五日までは全員休暇を申し出て会社の承認を受け勤務についていなかつた。そして、休暇明けの同月一六日午前中、組合員のうち高橋、緑川の両名が腕章を着用して出勤したところ、外国人従業員の一人(トムリンソン)から腕章を着用することは許されないと職場への立入りを拒否され、間もなく会社は前記(ホ)のロックアウトを行い、爾来ロックアウト解除にいたるまで組合員の就労申入れを拒否した。

(六)  会社は、同年一二月二日、組合に対し文書をもつて腕章を取りはずすよう要求し、その後の団体交渉の席上または組合役員の機会あるごとに組合側から就労させるよう要求しても、腕章を着用している限り就労は認められないとの態度で終始し、前記ハスキンズが、同年一二月三一日の第一五回団体交渉の席上、組合員は腹が減つて来れば自然赤い腕章を喰べることになる、との趣旨の発言をしたこともあつた。

以上の事実が認められる〈証拠判断省略〉。

右認定の事実によると、原告ら組合員は、腕章を着用していた点を除けば、いずれも本件ロックアウト後各自の職場に赴き、就労の意思をもつて現実に就労の申入れをなし、労務の提供を行つたものというべきである。しかして、右就労申入れの際組合員が腕章を着用し、会社の取りはずし要求に応じなかつたとしても、腕章の着用が、客観的にみて会社の業務の運営に実質的、具体的な支障を及ぼし、労働者の労務給付義務と両立し得ないような特段の事情が認められない限り、腕章の着用の一事をもつて右就労申入れが債務の本旨に従わない履行の提供となるものではないと解するを相当とする。本件において、整備(メカニックを含む)、倉庫、機内食、貨物の各課およびスタッフハウスは、その職務の性質上飛行機の一般乗客と直接関係をもたない職場であつて、保安衛生や安全保持の見地からしても腕章の着用が何らかの障害を惹起するものとは到底考えられないし、また、旅客課および営業所は不特定多数の乗客と接触をもつ職場ではあるけれど、その従業員が前認定のような形態の腕章を着用していることのみによつて、一般乗客が被告会社の運航する飛行機の安全性、確実性に対する信頼を喪失し、会社の営業を阻害するものと即断することはできず(現に、上記のとおり会社の管理職員自ら一二月一日の決起集会後腕章を着用したまま就労している組合員に対して業務上の指示を与えているくらいであり、その後も従業員の腕章着用を理由として航空券の予約が取り消されるとかその他乗客から苦情が持ち込まれるなど会社の信用失墜を裏付けるような資料はない。)、会社の組合員に対する腕章の取りはずし要求が、単に不体裁、不愉快であることを理由とする使用者側の感情的な反撥という以上に上記特段の事情を認めさせるに足りる的確な証拠は存在しない。

そうすると、原告らは、いずれも本件ロックアウトの期間中の被告に対し債務の本旨に従つた労務の提供をしたにもかかわらず、被告はその受領を拒否したものと認めるのを相当とする。

三被告は、本件ロックアウトは組合の違法争議行為に対抗して計画的運航を確保するため緊急の措置として実施された正当なものであるから、これによつて原告らの就労を拒否した結果履行不能を生じたとしても、債権者たる被告の責に帰すべからざる事由による履行不能として賃金支払義務を免責されるべきである、と主張するので判断する。

労働者が使用者に対し、労働契約の本旨に従つた労務の提供をしたのにかかわらず、使用者がその受領を拒否した場合は、受領遅滞があればその期間の労務給付の履行が客観的に不能となる労働契約の特殊性に鑑み、務務給付義務の履行不能にともなう危険負担の問題として民法五三六条の規定によつて反対給付である賃金支払義務の有無を決すべきものであり、債権者たる使用者は、右履行不能について帰責事由がないと認められる場合に限り、同条一項の規定により賃金債務を免責されることになると解するを相当とする。しかして、同条にいう債権者の帰責事由とは、一般には債権者の側におけるある容態(作為または不作為)が債務者の履行の実現を妨げ、しかも債権者がその容態を避止しなかつたことが信義誠実の観念に反するかもしくは社会的に非難される場合を指称するものというべきであつて、使用者の労務受領拒否がロックアウトにもとづく場合でも、基本的には右と理を異にする根拠を見出し得ない。しかしながら、使用者は労働者の有する団体行動(争議)権と同質ないし同等の立場でロックアウトを行う権利を法律上保障されているわけではないけれども、集団的労働関係における労働条件決定の手段としてロックアウトという対抗行為を行う余地を法的に承認する以上一定の要件を具備するロックアウトが行なわれた事実は、前記の意味での使用者に帰責事由がないと認められる場合に該当し、使用者はそのロックアウト期間中の賃金支払義務を免責されると解すべきである。ところで、ロックアウトに右のような法的効果を賦与する要件としては、必ずしも市民法上の緊急避難またはこれに類する止むを得ない事由がある場合に限らず、労働者の争議行為によつて蒙る使用者の損害(無益な賃金負担)が客観的にみてその受認すべき限度をこえ、ロックアウト(その開始および継続を含む)に出なければならない具体的な危険性ないし緊急性が存在することをもつて必要かつ十分であると解するのが相当である。

そこで、被告が本件ロックアウトの正当事由として主張するところが、上記の意味で賃金債務を免責させるべき要件に該当するものであるか否かについて検討する。

(一)  被告は、組合の争議行為が労働協約の平和義務条項に違反することを理由に本件ロックアウトの正当性を主張する。

組合が昭和三九年一二月一日午後五時から九時までの決起集会および同月四日午後三時から同月六日午前八時までの時限ストライキを行つたことは上記のとおりであり、右一般組合員の争議行為とは別に、組合三役である原告(旅客)、戸田坦(整備)、酒井政和(営業)の三名が同年一二月二日から無期限指名ストライキに入り、同月二六日までこれを実施したことは当事者間に争いがないところである。

しかしながら、前記決起集会および時限ストライキが予定どおり終了した後、本件ロックアウトの対象とされた原告ら組合員がそれぞれ債務の本旨に従つた労務の提供をなしたものであることも既にみたとおりであり、右決起集会または時限ストライキの終了が単なる一時的な争議戦術の転換に過ぎず、ストライキがなお反覆累行される具体的な危険性があつたことを認め得る証拠は存在しない〈証拠判断省略〉。もつとも、組合が同年一一月一六日都労委および都知事に対し、事件の解決にいたるまでの間、組合員が従事する被告会社日本支社内の全職場において、あらゆる形の争議行為を実施するとの争議予告を行つていたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、就労申入れ当時組合の要求事項は未解決のままであつたことが認められるけれども、上記決起集会および時限ストライキが行なわれた経過に照らせば、これらがあらかじめ計画されたいわゆる波状ストライキの一環としてなされたものとは到底認められないから、既に組合としてストライキ態勢を解いている以上、前記争議予告の事実をもつてしては叙上認定を左右するに足りない。

また、組合三役の指名ストライキについては、〈証拠〉によると、会社と組合との間に専従休暇に関する協定がなく、団体交渉出席のためには会社から合計三〇〇時間の有給休暇を保障されていたけれども、それ以外の斗争中の組合業務あるいは関係官庁や支援団体との対外的な連絡業務などを処理する必要上、委員長、副委員長、書記長の組合三役をこれに従事させるために指名ストライキを行つたのであつて、関連職場の機能を麻痺させるとか、会社に特別の損害を与えることを目的としたわけではなく現実にもそのような結果を生じたものではなく、会社との団体交渉が膠着状態となつて斗争中の組合業務が少なくなつた同月二七日には指名ストを解除していることが認められる。

右認定のように、組合が既にストライキ態勢を解き、原告ら組合員が確実に就労する意思をもつて就労を申し入れ、しかも、その就労が前段認定のように客観的に債務の本旨に従つた労務の給付といえる状況のもとにおいては、最早被告のいう飛行機の計画的運航を阻害する要因は解消したものと認められ、会社は少なくともこの段階において上記の意味における賃金債務の免責を受けるべきロックアウトを行う根拠を失つたものといわざるを得ないのであつて、この場合の組合のさきになした争議行為が平和義務(いわゆる絶対的平和義務または相対的平和義務のいずれにせよ)に違反するものであつたか否かによつて右の結論を異にするものではないと解するを相当とするから、被告の本主張は、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

(二)  被告は、組合の争議手段の違法を理由に本件ロックアウトの正当性を主張する。〈中略〉

そうすると被告の本主張は理由がなく、被告は原告らに対し本件ロックアウトによりカットした賃金の支払義務を免責されないものといわなければならない。

四〈省略〉(編注・賃金の計算方法についての判示)

五以上の次第で、原告の本訴請求は右認定の限度(弁済期後の昭和四〇年二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を含む。)では理由があるからこれを認容すべきであるが、右認定の限度を超える部分は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。(西山要 島田礼介 瀬戸正義)

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